チームの雰囲気を変える「感謝力」とは

感謝力

先日、「感謝」について考えさせられる出来事がありました。

Web掲示板のようなシステムで日報を書いているのですが、とあるメンバーの日報に私がアドバイスを1つコメントに書いていました。その部下はその返信として「ご指摘ありがとうございます。」といったことを書きました。

ここまではよくある話。
するともっと上の上司が「上司は部下に対して指導するのも仕事だから、わざわざお礼を言う必要はない」と追記コメントをしていました。

これを見て皆さんはいかがお考えでしょうか。
私としては「感謝」の力というのは単なる礼儀を超えた効果があると思うのです。

意識して用いる「感謝力」というスキル

「感謝力」というと自己啓発的な印象がありますが、スキルとして確立されたものです。
社会の中で生活しているといろいろなことが起きますが、それらを感謝というフィルターで見るのです。
それがどのようなメリットをもたらすのでしょうか?

チームをまとめるのは規約でも仕組みでもなく、感情です

うまく稼働しているチームというのは、もちろんマネジメントが優れているというのも要素の一つですが、感情のベクトルが合っていることがとても重要です。雰囲気ギスギスのチームでは何人集まっても成果はほとんど出ません。

感謝が日常として飛び交っている場所では感情的なマイナス面が発生しにくく、全員が発言しやすい状態となります。
そうなれば問題も発生する前に食い止めることが可能になりますし、部下から新たな知見も得られるでしょう。

長所やメリットに目を向けるようになります

「有難い」の字のように、「あたりまえ」であることにあえて目を向け、言葉に出すことはとても有効です。

感謝を伝えるということはその人の行動そのものに目を向けるということです。
行動に対して感謝を伝えると、行動した本人のモチベーションにもつながりますが、何より感謝した自分が相手の意外な長所に気付きやすくなります。

また、そういった意識がついてくると、いろんな物事の「メリット」面に意識が向くようになります。
メリットに目を向けられるということは、チャレンジの熱が高まりやすいということです。
そのようなチームは活発で勉強会なども自発的に発生し、勝手に高め合っていく関係ができていきます。

指摘を繰り返していると欠点ばかりに目が向き、部下が持っている成長力を阻害してしまいます。
そう言った組織では、すべての物事のデメリットばかりを見るようになり、誰もチャレンジしなくなります。
毎日惰性のような日々を送るチームは、監獄とも言えるものです。。。

私のチームにおいての絶対のルール

ものを作れば売れた時代は終わりました。そういう時代はフォーマット化された生産管理のもと、決められたタスクを正確にこなしていけば儲かっていました。今はそうではありません。みんなが知見を結集していかなければ組織は生きていけません。「空気」や「雰囲気」もしっかりマネジメントしないといけないのです。感謝力はチームの「雰囲気」を作るのに非常に有効です。

私のチームには絶対のルールが1つだけあります。
それは安易な「すいません」は禁止ということです。

謝っていいのは直接的な損害を被ったときだけと定めています(そしてそんなケースってほとんどありません)。

例えば部下がミスをして、それに対して私が指摘をしたりアドバイスをしたりしたとしましょう。これまでは「すいません」と謝ってきていました。この状況が続き、チームとしても雰囲気が冷めてきた気がしたので「すいません禁止」を発令しました。

ついついぽろっと出てくることはあるものの、今では「ありがとうございます」が定着しつつあります。
指摘した方は謝ってほしいんじゃないんです。ありがとう言われた方がやってよかったってもんじゃないですか。

厳しい言い方ではありますが、「すいません」は自分のことしか考えていない言動だと考えています。
それは自分の中の罪悪感や私へのおそれを払拭するために口に出した防衛策だと思うのです。
なんせ私は謝ってほしいわけじゃないですから。「ありがとうございます。次からは○○に気をつけます」って言われた方が、「前を向いててイイネ!」って感じです。

ちょっと脱線しちゃいましたが、感謝はしすぎるくらいしてちょうどいいと思います。
でないと、小言ばっっっっっかり言うダメボスになっちゃいますからね。

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